ときのねむり。




 頬に日だまりの暖かさを感じて、深い眠りの園に漂っていた瞼が微かに動いた。

 ぼんやりと目を覚ました荀景倩は、小さく縮めた身体を心持ちずらすようにして、強張りをほぐした。 すぐ隣りから寝息が聞こえている。

 昨夜も日常業務に忙殺され、司馬子上と荀景倩は何日目かの政庁泊まり込みとなった。
 非常の才だけで社稷を守ることができる訳ではなく、寧ろ、日々の単調な業務をこなす吏員の能力こそが重要でもある。 非常の才と能吏は両輪の和だろう。
 司馬子上はその能吏が己の周辺に少ないことを痛感した。



 取り敢えず一段落がついたのは、夜半もとうに過ぎ、空が白くなるまで幾許もない頃だった。

 お互い、顔を見合わせ苦笑するしかなかった。目の下は隈が濃く縁取られ、顔に浮かんだ疲れは隠しようもない。

「…少しでも休もう。汝も来い。」

 牀を共にすることは、親しい者に対する親愛の証しとして(主に武人同士の間で)ごく稀にあることだ。 荀景倩は時折誘われている。
 今回も、一度は辞退したが、押し寄せる疲労に強く断りはしなかった。



 標準的な広さの牀だが、大の男二人が横たわるとなれば話は別である。
 荀景倩は隅で小さくなるように背を向けたが、司馬子上はためらいもせず荀景倩の肩に手を掛けると、己の方へ向き合わせた。 大人しく為されるがままにしていると、司馬子上は満足げにそのまま寝入った。
 荀景倩も最早頭が正常な働きを止めたせいか、眠りの淵へと落ちて行った。



 余程疲れ切っていたのだろう、冠こそ外してはいるが、夜着に替えることもなくそのまま寝てしまったらしい。 半身を起こし、乱れた着物を整えようとした時、荀景倩はそれに気がついた。


 司馬子上が、荀景倩の左の袖を枕にしていた。


 未だ朦朧とした頭で事実上の主君とも言える男の顔を覗きこんだ。
 くっきりとした目鼻立ちで、常から自信に揺るぎなさを感じさせる鷹のような瞳。 それらは今、輪郭がぼやけて、疲労の澱が染み出していた。滅多と見ることのない、弱さ。
 眉間の皺も、普段の磊落を装う彼からはなかなか想像できないものだ。
 額にかかる髪を払い、眉間の皺に指先を当てゆっくりなぞると、微かに強張りが解けて行く。
 荀景倩は仄かに微笑むと、己の懐に何時も収められている短刀に手をやった。
 紙が発明されたとはいえ、竹簡・木簡が未だ主流の時代にあって、書き損じた文字を削るための短刀は、文官には必須のものだ。

 手を懐に置き、瞬きほどの間、物思いに耽っていたが。

 荀景倩はやおら立ち上がると、容赦なく左の袖を引っ張った。
 心地好い香りに包まれ、甘い夢を観ていたであろう司馬子上は、自分の頭を寝床に強打させるという、 なんとも不本意な目覚めを強要された。

「……けいせん…。」
「おはようございます。御気分は如何です?」

 荀景倩は涼しい顔で冠を着けようとしていた。

「断袖の優しさは無いのか、汝には。」
「生憎と、私は君主ではございません。それに、


貴公を漢の哀帝と仰いだつもりもございませんが。」


「ならば、余を亡っても。」
「後追いなど、御免ですね。」


 荀景倩は極上の笑みを浮かべた。

「美少年という歳でもありませんしね。ですが。」


 ――裏切りはしませんよ。その時までは。


「構わぬ。その時の後には、余が、汝に相応しい者であることを証すれば良いのだから。」

 同志か主従か。
 その曖昧さが、今はまだ快いのだ。


「さあ、お召し物を。朝議まで間がございません。」

 司馬子上はその生真面目さに緩やかに唇を引き上げた。












 だれですかこのあまいひとたち…!ひー。
 気を取り直して…「断袖の情」という言葉はほんとにありまして…ええ、ぶっちゃけホモを指す言葉だそうです。 漢の哀帝が寵愛していた少年と昼寝をしていて、先に目が覚めてみるとその少年が皇帝の袖を枕にしてすやすや眠っておりました。 起こすのも可哀想だと思った皇帝は、自分の袖を持っていた短刀で裂いて目が覚めないよう気を使ったと言うお話が元です。
 それを読んで真っ先にみなとが思ったのは、「中国の古代国家にもシェスタの習慣があったのか…?」でした。 明らかに疑問点がおかしいです。突っ込むべきはそこじゃない。
 にしても儒を官学にしていたトップが率先して男色に走ってどうする。だってこの皇帝、 自分の墓の隣に少年の墓まで作っちゃうんですよ。そのために徴用された人夫があんまりだ…。男の情人の墓作りですよ…。
 こういったことは腐女子の妄想で止めるべきであるとのいい事例ですね……。ほんとにそんなことに権力行使はいかんです。
 あ、床を共にするのも素でありますよ。疚しいとか関係なしに、正史三国志に載っています、特に蜀書でしょうか。 人物を気に入ったらとことんだな古代中国人…と思いました。