しろあさ。




 不釣り合いなほど、蒼く澄み渡った空だった。 一枚の板のような紺碧の空の下、粛々と、白衣の集団が無言で歩を進めていた。聞こえるのは、泣き叫ぶ声ばかり。


 その葬列を遠くから、司馬子上は眺めていた。
 自然、その目は一人の人物を捜し求める。


 『蜘蛛が木々の間に糸を張り巡らせるように』


 かの偉大なる父と同じく、荀景倩も喪装がよく似合った。いや、彼の方がずっと纏わりつく死の影が濃い。
 多感な時期に次々と兄弟を喪ったが故か。


 『彷徨う蝶を捕らえようと』


 すらりと伸びた背が目に入った。

 また白髪が増えただろうか。朔風に靡いた髪が銀色に光る。

 さぞ、完璧な哭礼を演じて観せたであろう。
 沈痛な美しい面差しで、微かに掠れた耳障りのよい朗々とした声で。
 流れ落ちる透明な涕とて想像できる。


 『蝶の姿態に見惚れ、更に糸を紡ぐ』


 この臈長けた男に送られても、陳玄伯は本意ではないと、棺の中から言い張るだろうか。


 『ならば、吾のものに為れ』





 空の蒼は、凍結したように明るさを増した。
 それが眩しかったのか、ずっと俯いていた荀景倩が天を振り仰いだ。

 一瞬、目が合った、ような気がした。

 まるで葡萄のように瑞々しい瞳は、今は硬質な拒絶の色を見せていた。 誰もその内面を窺うことを許さない、冷たく醒めた漆黒の瞳。 ほんの僅かな同情も慰めも無用だと。これほどに激しい感情を見せたことがあっただろうか。


 だからこそ、彼がどれほど深い哀しみに沈んでいるのか、ようやく理解した。


 哭き続けているのだ、ずっと。何者にも代えがたい朋友だったというのか。
 嘆いても喚いても、尚足りぬ哀しみが、器から溢れるように湧き上がり、留めることができずにいるのだ。
 涙が枯れ果てるほどの永い痛みの始まり。

 寡黙に、何が起ころうと仮面を被り続けていたというのに。らしくもない…。


 『吾がその嘆きごと喰ろうてやろう』



 明るい空は、影を一層色濃く見せた。
 青白い肌に、幾筋もの陰りが落ちる。それは目尻や引き締められた口許の皺を普段よりくっきりと見せていた。

 老いが急速に彼の体を蝕んでいた。それは、葬列の陰気さのための錯覚だろうか。


 陳玄伯の死因ゆえに、暫くは彼も火消しに追われることになるだろう。
 自分も、予期せぬ事態だったために、処理すべき案件は山積していた。
 既に洛雀たちは喧しい。


 『もう糸は逃げ場も無いほどに織られている』


 因果としか言い様がない。

 旧知の男の冥福を、今だけは祈ろう。


 『一羽は吾の手の届かぬ所へと飛び去ってしまったが』


 汝もそうだ、景倩。
 哀しみ身を委ねる自由を与える積もりはない。諒闇など許さぬ。


 『汝は既に吾の吐いた糸に絡め取られているのだ』


 一日でも早く、朝歌に戻ってこい。
 その透徹した仮面を被り、再び我が元へ。
 もう、失うものは何もないのだろう?
 そして戻るべき途など、何処にもないのだから。


 『吾が籠の、冷淡な蝶よ。』













 陳玄伯の死去の遠因となったといわれる事件は悲惨ですいろんな意味で。陳玄伯は魏王朝への「忠」を取り、 荀景倩は「孝」(=魏王朝への復讐)を取った故に、こんな結末になったのかな…と。