「では、如何にしようか。」
司馬子上は上機嫌だった。牀の上で片膝を立てだらしなく座っている。
少し離れて、荀景倩は同じ牀に浅く腰掛けていた。蝋燭の光は僅かに届かず、表情は窺えない。
「…………お好きに…。」
微かな堅さを含んだ声が闇を振るわせる。すべてを許した訳ではないということだろう。
普段は何の拘りもないように見せて、稀に、幼児のような頑なさを示す。司馬子上から言わせれば、そこまで憤懣を溜めずに小出しにすればよいのに、我慢を重ねるから自分で感情が抑えられなくなるのだ、と。
「では、膝枕をしようか。」
その声に細く息を吐いた気配が伝わる。司馬子上は何年経っても彼の信用を得られないことに、僅かに苛立ったが、ここで爆発しては元も子もないので堪えた。
沓を脱いで、牀に上がると、荀景倩は衣擦れの音を闇に沈ませ、蝋燭の光が辛うじて届くところで膝を止めた。
「…何をしている?」
「膝枕をご所望なのでしょう。」
どうぞ、と色素の薄い掌が、頭を置くよう用意された固い太股を指差した。
男の膝枕など物好きな、と呆れている顔は見えないが、司馬子上には容易に想像できる。
しかし、自分の望んでいるのはそうではない。
「勘違いするな。汝には幾度かさせているだろう。だから、今回は吾の膝の上で、汝が寝むとよい。」
「は…?」
荀景倩は一瞬、何を言われたか理解が出来なかった。
「確かに最近は汝を労ることも少なかったからな。汝は弱音を吐かぬし、機嫌を面に出さぬだろう。つい、吾も甘えが過ぎたようだ…。そこで、たまには、汝を甘やかすのも一興と思うてな。」
「ちょ…ですがそれは。」
珍しく荀景倩が取り乱すのを、司馬子上は愉快そうに眺めていた。
「今更遠慮もなかろう。さあ。」
うろたえた荀景倩は油断していたのか、司馬子上に強く手を引かれると、姿勢が崩れ落ち、見た目より頑丈な腕の中に、痩身を収めた。
そのまま、司馬子上は手馴れたように、荀景倩の頭を己の膝の上に置いた。呆然とした白皙が拡がった髪の中に浮き上がって見える。
つくづく色素の薄い肌をしていると、形の良い顎をなぞりながら司馬子上は思った。この青褪めた頬を紅く染めるのにどれ程苦労させられるか――そんな不埒なことを考えながら、指先は頬の線を滑ってゆく。
―――それにしても、この角度は拙いかも知れんな。
ぼんやりと霞んだような欲望が込み上げてくるのに気が付いたと同時に、突然荀景倩の白皙がさっと朱で刷いたように染まると、自分の腕を交差し、その貌を覆ってしまった。見れば、首まで真っ赤になっている。
「なんだ、どうした?」
司馬子上が問えば、暫しの沈黙の後、可聴領域の最低限の声で、「居た堪れないのです……。」と返事が返ってきた。
何のことはない、司馬子上と同じことを考えていたということだ。
横たえられた状態で、司馬子上を見上げるようなことなど、荀景倩にとっては一つの意味しかない。しかも、牀の上で、灯のほとんど射さない室内ともなれば尚更。
司馬子上は満足気に、膝の上の佳人の腕を取ると自らの首に沿わせ、獲物を捕らえた肉食獣の笑みを見せた。
「成程、汝もその気になったということなら、問題はないな。」
「何が『問題はない』のですかっ!!」
仮令、荀景倩が草食獣に比せられたとしても、牙を全く持たないわけではない。
服を剥ごうとする司馬子上の腕の動きより、その頬を張り飛ばし、尚も身体を捉えようとするしつこさに、その腹部を蹴り込む荀景倩の動きの方が僅かに早かった。
「主公。」
「……なんだ。」
「痴話喧嘩も結構ですが、我々の眼の届かない所でお願いいたします。」
翌朝、左目と頬を腫らして包帯を巻いている司馬子上に、賈公閭は容赦なかった。
了
おわってしまえ!という気分です。ちょっとは色気のある話を書こうとして玉砕。みなとは色気の意味を一から勉強した方がいいかもしれません。なんというか、だんだん司馬子上が気の毒になってきました…。なんでこっちの荀景倩はこんなに気難しい人になったんでしょうねぇ。こういうお話って需要があるのかほんとに不安です。乙女の神が降りてこないでしょうか。苦笑。