私は誰を、恨めばよいのでしょう。
父は、諸葛丞相の何度目かの北伐に従軍したきり、帰って来ませんでした。
母も私も、丞相の廟へ参ったことはございません。だって、丞相は父の行方など、きっとご存じではないでしょう。
誰もが丞相の治世を讃えます。
でも私は父を失いました。
夫は姜大将軍の傍らに最期まで在ったと聞いています。
せめて骨を拾いたいと願いましたが、このような一介の兵戸の女の身が、宮殿址に足を踏み入られるはずもなく、そのまま、朽ちて行きました。
成都は姜大将軍に対する怨嗟の声で充ち満ちておりました。ですが、私にはどうでもいいことでした。
夫はもう、私の元へ帰って来ないのですから。
息子は、乱世を終わらせるのだと、王将軍の征呉の船に乗り込みました。
風の便りに、怒濤の侵攻の末、あっけなく呉の都は陥落したと聞きました。
ですが、戻って来た兵団の中に、息子の姿は見当たりませんでした。
くには統一され、平和を謳歌するさざめきが巷間に満ち溢れています。
ですが、私は歌うことも忘れてしまいました。
私は誰を、何を憎めばよいのでしょう…。
了
兵戸と民戸とでは、兵戸の方が低い地位にあったとか。
ささーっと思い浮かんだままに書いた素描のような小話ですが、乱世の評価の曖昧さが上手く出ていればいいのですが。(07.01.02)