そらにえる。




 おかあさまは、天に帰ってしまった。

 やさしい、きれいなおかあさま。

 ぼくをいっしょに、つれていってくれなかった、おかあさま。


 車を走って追いかけて、つまづいて、ぼくが泥まみれになったのに、ふりかえってくれなかった、おかあさま。


 ぼくは、泣いて、ないて、泣き疲れて。
 果てのない草原に抱かれて、零れるほどの星をかざりつけた空のした。
 ずっと、ずうっと、おかあさまが戻ってくるのを、待ち続けた。





「そんな時もあったな。」

 金でその身を贖われて、十数年ぶりに都に足を踏み入れた母の事情を知るには、当時の自分は幼すぎた。
 いつまでも母を慕って天幕に入ろうとしなかった自分。 眠ったところを見計らって、天幕に小さな体を運んだ父は何を思っていたのだろう。

 最後の母の顔は未だに鮮明に思い描くことができる。
 他人のような冷たさと、愛児に向ける慈愛とが奇妙に交錯していた。 強く強く抱き締めてくれた腕が、雄弁に母の想いを語っていてくれたのか。
 あの母の体温と、車の轍の跡が延々と続いた泥濘は、決して忘れない。

 弟と、母はどこへ行ってしまったのかと問うと、父は僅かに考え込み、天に帰ったのだと言った。



 天女は長く地に居ることができないと。



 そう、母は天からひととき、この北の大地に降りて来たのだと。それでいいではないか。

 父である左賢王の室に納まった事情など、知りたくもなかった。



 今日もまた、聚落の女達が唄を歌う。その唄と楽の音も天女が齎したものだった。


 それを子守歌に私は眠る。
 夢の中くらいは、まほろばの天女に逢いたいと。













 蔡文姫の息子二人はどうなったのでしょう。左賢王劉豹の子孫が劉淵てことは判ったんだけど、 母親が違うし…。年齢からいくと多分蔡文姫の息子の方が年上なんですけどね…。(06.07.16)