※コネタです。いつも以上に時代考証完璧無視しています。さらっと読み流してください、もしくは「哀れなやつよの、みなと…。」と寛大なお心で読んでいただけると幸いです。



ぱんだぱんだ。



姜伯約の場合。

 それは蜀に降って間もない頃の話だった。
 己と気性の合う馬がなかなか見つからず、姜伯約は徒歩で行動することが多かった。
 南の馬は穏やかすぎると張伯恭に零したら、まるで貴方が悍馬のようですな、と返された。
 山一つ超えただけでこれほど環境が変わるのかと、共に降った者はやや、適応し切れていないらしく時折青い顔をしている。自分は水も食も気候も、特に気にはならないが、馬との相性だけは頭の痛い問題だった。

 さて、その日も徒歩で軍営まで向かうことになった。今度の馬は気が合うだろうかと、そればかりが頭を占めていると。

 ―――ぼとっ。

 突然頭の上から白黒の鞠が降ってきた。頭脳に情報が届く前に、手を反射的に出すのは武官ゆえの行動だろうか。

「な、…………な、なな。」

 姜伯約の手の中には、すっぽりと見たこともない生き物が納まっていた。



「大熊猫、ですな、これは。私もこの目で見るのは初めてではありますが。」
「ほう、これが。この大きさだと、まだ子供なのでは。母親が近くにいませんでしたか?」
「探したのですが。傍の竹林のかなり奥深くまで。」

 この男が「かなり」ということは、竹林の端まで行っていてもおかしくはない。行動の極端さは蜀軍首脳陣には既定の事実だった。
 件の仔パンダはきゅうきゅうと鳴きながら、姜伯約の肩やら衣服にぶら下がって遊んでいる。どうやら、この無愛想な青年を気に入ったのか、完全に懐いている。

「大体、何で連れて来るんですか。置いてくれば良かったじゃないですか。」
「…………棄てても棄てても付いて来たんです。」

 この足元の頼りない小さいのがよちよち付いて来れば、確かに見捨てるには忍びない。現に仔パンダの手足は綺麗に拭われているし、反面、姜伯約の袖口は泥まみれである。

 どうしよう。

 まさにどうでもいいことで悩んでいたその時。大股で魏文長が室内に入ってきた。

「すまん、遅くなった………。お、姜将軍、いいのを連れているじゃないか。そいつがいれば、将軍の小ささが目立たないしな!

 確かに、現在室内にいる人間の平均身長からすれば、姜伯約は頭二つほど小柄だ。だが誰にも口に出さないのはそれなりの訳があるわけで。
 一気に真冬の室温と化さしめ、急速冷凍した目を怒らせると、肩に仔パンダを乗っけたまま、姜伯約は魏文長に向かって拳を固めて跳躍した。





 当サイトの姜伯約は曹孟徳くらい小柄です。みなと的には160センチくらいでもおっけいです。小さくても態度がデカイのがいいんですから!この後、姜伯約と魏文長は身体張っての大喧嘩、双方の体力が尽きるまでやってるといいよ。(迷惑です。)
 姜伯約はちゃんとこの仔パンダの世話をしていそうですね…。無愛想なくせに円らな瞳に弱い武官。居眠りの時も胸とか腹の上に乗っけて木陰ですやすやしてたら盗撮します。(やめなさい。)






荀景倩の場合。

 京洛は人で溢れかえり、砂埃が立ち込め馬の嘶きが幾つも響いた。
 最前線からの一時の帰還。官舎でその騒がしさを聞きながら、荀景倩も久々の休暇に読み掛けていた書物の紐を解いていた。

 少し眩しいかと、窓辺に寄って、驚いた。ささやかな庭に、戦塵も落としてはいないであろう陳玄伯が甲冑姿で立っている。

「玄伯!お前こんな格好で…まだ陛下への帰還報告も。」
「いや、舅殿、今回は見逃してもらえないか。どうしても早く渡したいものがあって。」

 陳玄伯は言うなり、緩めに纏っていたらしい胸当てに手を入れると、危なっかしい手つきで白黒模様の小さな生き物を取り出した。
 きゅう、と鳴くと円らな瞳をくるりと見せた。手足はそれほどじたばたさせることもなく、為されるがままになっている。黒い耳は小さくぺったりとなっており、目の周りの黒い部分と区別が付かない。

「こ、……このこって、え、か、か、かわいいー!!」
「や、舅殿ならば喜んでもらえると思って。蜀に棲息する動物で、大熊猫というらしいですよ。まだこれは赤子なんですが。」
「ほんとに?私に?ありがとう、嬉しいよ玄ちゃん!」

 陳玄伯から、仔パンダを受け取ると蕩けるような微笑みを見せて、まるで人間の赤子をあやすように可愛がり始めた。陳玄伯はほっとすると、食事など分かる範囲で書き付けたものを渡すと、官舎を辞した。
 荀景倩は決して口には出さないが、継嗣がいないことで随分寂しい思いをしている。少しでも寂しさが紛れるならとの心遣いだった。




「………………ということだったらしいのだがな。」
「はあ。」

 司馬子上は遠目に荀景倩の姿を認めて、更に噛み潰している苦虫の数を増やしたようだ。荀景倩の肩には当然のように仔パンダがちんまり座っている。というより、まだお座りがちゃんとできないのか、頭にしがみ付いている。
 ここは尚書台であり、厳然たる政務の場である。

 なんで動物連れが許されているんだ。

 そんなことは、仮令権勢家の司馬家であっても言える筈もない。
 荀令君によく似た顔立ちで、伏し目がちにちょっと寂しげに微笑みながら、「この子がね、私の膝の上でないと食事も午睡もできないらしくてね。大人しくしているように躾けているから……でも迷惑かな…。」と囁かれると、ついつい絆されて了解事項となってしまったのである。

「不公平とは思わんか?!それなら吾とて膝に美女の一人や二人乗せながら、政務を執っても良いではないか!」
細君の了解があればいつでもやればいいじゃないですか。」

 どんな面白い見世物があるのかと来てみれば、只の愚痴だったのが鍾士季にはお気に召さなかったらしい。返事はぞんざいだったが、たっぷりと毒が塗ってあった。

 荀景倩が笹の葉を仔パンダに食べさせている。その表情はそれはそれは幸せそうなものだった。





 たまには幸せな荀景倩を!と思いましたが、TPOを弁えないただのおバカになってしまいました…どういうことだ。陳玄伯は全くの好意でやっていますやましいことは何もないですよ?彼は裏表なしに舅殿を大切にしているというのは夢見すぎですか。(だからあの発言に繋がっていくわけで。)目を離した隙に、竹簡とか食われたりしないのかちょっと心配。お布団で寝るときは寒いから荀景倩の服の中に潜り込んだりするのでしょうか。なんてかわいいんだ…。(脳内暴走中。)






甘興覇の場合。

「子明、聞いてくれ。」
「悪いがちょっと忙し………。」

 早朝から幕舎に駆け込んできた友人の甘興覇に、呂子明は何か嫌な予感を感じたのか、振り返りもせず断ろうとした。
 繊細な心遣いが理解できない人間である甘興覇は、やはり、何も気付くことなく後ろを向いたままの呂子明の首をぐい、と己の方に向かせて、「これはなんだ??」と目の前に一匹の生き物をぶら下げた。首根っこを摘ままれ、抗議するようにきゅうきゅう鳴いているのだが、手足をじたばたさせもせず、その内、正面の呂子明の顔に見入り始めた。白黒模様の、呂子明も初めて見る動物である。

「いや、俺も知らないな…動物のことは詳しくないし。どこで拾ってきたんだ。」
「知るか。朝目が覚めたら、顔の上にこいつが乗ってて、小便ひっかけられそうになった。」
「……随分と爽やかなお目覚めだったんだな。で、どうするんだ、これ。」
「迷子札ぶら下げて、肩にでも乗っけて一日歩いてたら飼い主も出てくるだろ。忙しいところ邪魔したな。」

 相変わらず、台風らしく、さっさと出て行ってしまった。
 入れ替わるように幕舎に入ってきたのは、陸伯言である。

「おはようございます。本日の編成についてお話を……と思いましたが、甘将軍、また変わったものを連れていますね、大熊猫じゃないですか?」
「え、伯言、あの動物のこと知っているのか?」
「ええ、勿論です。陣内で拾って始末に困ったので、甘将軍に預けたのですから。」
(……………それは…押し付けたと言わないか。)
「相性も良さそうですし、暫くそのままにしておきましょう。ああ、甘将軍には内密に願います。」

 陸伯言は、それはそれは優雅に微笑んだ。



 次の日。

「起きろ!!子明、大変だ!!」

 まだ、夜も明け切らない時刻に、呂子明は被っていた布団を剥がされた。生真面目な彼は、読書をしていたので床に付いたのはほんの一刻程前のことである。

「起きろって!あの動物、分裂したぞ!!」
「は?」

 寝惚けてるのはお前の方だろうと目を擦ると、ずいっと仔パンダが二匹、目の前に突き出された。

「な、仕方ねぇからこいつを(と右手で掴んだ方を上げた。)枕元で寝かしてたんだよ。そしたら、夜中に小水に立ったらもう一匹同じのが横に転がってて吃驚したのなんのって。」
「………例えば兄弟が山を降りてきたとか有り得るのではないか。」
「あー成程な。なら連れて帰れってのに。悪いな、朝っぱらから邪魔して。おやすみ。」
「おう……おやすみ……(伯言は何を企んでいるんだ…?)」



 さらに二日後。
 昨夜は甘興覇が不寝番であり、早朝の軍議には出る予定はなかった………筈だった。

「おぉい!!こいつらやっぱり分裂してるぞーーーーー!!!」

 目の下に隈を作りながら、戦場に向かおうかという形相で、身体中に白黒仔パンダをくっつけて甘興覇が軍議の只中である呂子明の幕舎に飛び込んで来た。呂子明は思わず目で仔パンダの数を一、二、…八匹か……と数えていた。きゅうきゅうきゅうきゅうと甘興覇の行動に抗議しているのか、それぞれが鳴いてそれなりに騒々しい。
 唖然とする一同の中。

「……ふっふっふ……わーははははははは!!いいざまだな甘寧!!!賊の頭領なぞというご大層な肩書も堕ちたものだな大熊猫の子守とはッ!!!」
きゅうきゅうきゅうきゅう。
「なにぃッ?!貴様の仕業か、凌家のクソガキ!!」

 あっさりと下手人である凌公績が涙も流さんばかりに笑い転げ、いとも簡単に挑発に乗る甘興覇といういつも通りの図が展開されようとしていた。



 ちなみに。

「伯言…お前…。」
企画・立案は軍師の仕事と決まっていますから。相応の策を考えてみました。」
(聞くまでもなかったな…。)





 凌公績が夜な夜な仔パンダを腕に抱えて甘興覇の枕元に置いて行ったとすると、それはそれでどうなんだ。最早仇を討つ意味は忘却の彼方としか思えない行動ですねファンの方すみません。そして甘興覇もやたらと動物に懐かれるタイプだったらどうしよう。仔パンダが八匹とも山に帰ってくれないで甘興覇の服のどこかにぶら下がっている図はかなり可愛いかもしれません。成長したら大変ですが。派手で目立っていいやん親分。






羊叔子の場合。

 呉軍からの使者を前にして、羊叔子麾下の幕僚たちは完全に固まっていた。寧ろ、穴があれば脱走したいのは使者の方だったかも知れない。
 羊叔子一人が、この『贈り物』を歓迎していた。

「いや、陸将軍の病も峠を越して良かった良かった。私は精々が薬草しか送れぬ身だと言うのに、このような可愛らしいものを頂いていいのかな?大熊猫の子供とは気の利いたことをなさる。」

 満面の笑顔で、羊叔子は仔パンダ兄弟二匹を頬ずりした。お前は今日から『白々』で、こっちは『黒々』だなあと、部下たちが決してこの人に我が子の名付け親になっては貰うまいと固く誓うような台詞を呑気にのたまっている。
 仔パンダも、ヒゲは嫌がりながらも、きゅうきゅうと羊叔子の襟首を掴んで離さないあたり、新たな養い親を気に入ったらしい。

「軍中はむさ苦しいからね、大変有り難い。そう、陸将軍に伝えてくれ。」

 上機嫌で、晋きっての名将は二匹の仔パンダと戯れながら、奥に下がった。



 その夜。

 仮令、将軍同士が友好的な関係を結んでおり、この地も静まっているとはいえ、対陣していることには変わりはない。夕闇に閉ざされれば、其々の軍の動きは活発化する。
 草を掻き分ける音も最小限に、黒い人影が幾つも跳梁する。

「見つかったか。」
「こちらには居りません。もう谷に這入ったやもしれません。」
「急ぐぞ。」

「いや、標的はどちらも切れるからな。或いは、我らのすぐ足元かも知れん。陣から最も近い…竹林は?」

 捕り物の頭らしき人物の一声に、一同は頷くと踵を返した。



 竹林には既に先客が一人いた。その人間は、呉軍の陣から上がる狼煙に微かに整った眉を寄せた。
 すると、突然、竹林内は赤々とした複数の篝火に照らし出された。

「羊将軍!いーかげんにしてください!!!」
「あ、ばれてた?」
「ばれてたじゃないでしょおー?!一体貴方は何時になったらその脱走癖を直すんですか!」
「や、あれだ、白々と黒々がねぇ、なかなか初めてのところで寝付けないらしくて。子供の夜泣きには散歩と相場が決まっているじゃないか。」
「将軍のお命はお一人のものではなく…って前にもお願いいたしましたよね?!」
「…………はいそれはもう。」

 決死の諌言を試みる部下に対し、羊叔子は懐に入れた仔パンダ二匹を腕に抱えうなだれる様は、お師匠様に雷落とされる幼児と大して変わりはない。
 だけどちょっとくらい息抜きにいいじゃないか。病が治癒したって言うし、祝い酒でも……。

「因みに、先程の狼煙ですが、陸将軍を呉軍の方で確保したという知らせですので。」

 ―――――バレバレかよッ?!

「将軍、幕舎には既に他の将軍方にもお集まり頂いておりますので。」
「はい?協議すべきことは何も。」
「説教を。」

 敵は内部にあり。





 羊叔子は笑顔でボケもつっこみもいけるというみなとの勘違いが一杯ですね。どうしよう。羊叔子の夜な夜な脱走は晋書にも書かれていますね。あの時代、ネオン街もない真っ暗なお外に彼は何をしに行っていたのか、とっても気になります。あ、今回のお話では、羊将軍は朝まで諌言の嵐です。耳栓用意しても引っこ抜かれちゃう。白々と黒々は後に奥方の夏侯氏に引き取られたのでしょう。




 これらのコネタはやっぱり生で見た保育器に入ったパンダと、ナショナルジオグラフィックという雑誌の七月号に載っていた写真が原因です。臥龍ジャイアントパンダセンターで05年に誕生した赤子パンダがずらずらーっとタオルの上で転がっている写真がね、すっごくかわいくってかわいくって。一枚のバスタオルかな?その上に五、六匹乗っているんですよ。ちっちゃいよう。しょぼんとした時はその写真見て癒されています。(06.12.08)