げろうのめ。




 斬斬斬。
 慘。

 城内は凄惨を極めていた。
 至るところから焔が噴出し、雨の如く矢箭が降り注ぐ。
 次々と人の形をした肉塊が折り重なり、血潮が空を赤く染め、地を黒く塗り替えていく。 錆びた鉄の臭いが嗅覚を麻痺させていく。叫びとも唸りともつかぬ声が、一つの化け物から発せられたように空気を揺らす。



 彼は、まだ立っていた。
 荒々しい息を吐きながら、尚も炯々たる眼光の熱は失われず、その剣先が鈍ることはなかった。
 血と脂で曇った剣はもう鋭く肉を裂くことこそ叶わなかったが、向かって来る敵の急所を的確に突き上げた。

 彼はもう一人だった。
 誰もいない、―もう、誰も。

 つい先程まで隣りに立っていた張伯恭も、紅の海に沈んだ。

 剛毅な性格で、常に無謀な北伐を諫め続けたにも拘らず何故この暴挙とも思える計に従ったのか、 尋ねる機会を永久に失ってしまった。 殪れ、地に臥したその躯を抱えることさえできなかった。







 鬼神の如く振るい続けた愛剣の方が、彼が力尽きるより先に限界が来た。
 甲高い音と共に根元から折れた剣を躊うことなく投げ捨てると、最後の武器を懐から取り出した。

 それは小さな匕首だった。

 その時、左肩に焼けた鉄を押さえつけられたような衝撃を感じた。 赤く濡れた、鈍い色の鉄が突き出していた。
 肉を抉るように、刺された刃が引き抜かれるのと呼応するように、彼は振り返り一息に間を詰める。 血塗れた剣を構え直す間もなく、敵は喉首に匕首を埋め込まれ絶命した。

 彼はよろめく身体を何とか、両の足で支え、噴煙の彼方にある蒼天を仰いだ。 左肩から滴る血の流れは、足下に血溜りを広げていった。



 「嗚呼、我が計破れたり…。」

 いっそ、晴々と、彼はなんの拘りもない透明な笑みを浮かべ、匕首を持ち直すと、再び血煙の舞う乱戦の中へと身を躍らせる。



 「―此れも亦天命哉…。」

 天命を信じたことのない男の、その呟きを聞いた者がいたのか、いなかったのか。
 赤黒く染まった背中は、乱立する槍と剣の中に吸い込まれていった。










 姜伯約の、それが最期の姿だった。


















 蛇足ですね…。姜伯約が最期に見た光景はほんと想像がつかないです。(06.07.13)