だってあついなつだもの。




「景ちゃん、邪魔するよ。」
「いらっしゃい。どうしたの?」
「父上からのお使いと…ほら、景ちゃんとこの暑さといえば瓜に決まってるだろ?」
「ほら見ろー!玄ちゃんみたいな堅物だってそれが自然の理だって思ってるじゃないか!景ちゃん!瓜ー、うーりー!」

 流れる汗を拭いながら陳玄伯が荀景倩宅を訪ねると、案の定、荀奉倩がひっくり返って、我儘の真っ最中だった。
 荀景倩はこめかみを軽く押さえながら答えた。

「二人とも、勘違いをしているみたいだけど、私は今だ嘗て青果商を営んだ覚えはないんだけど。」
「またまたー。去年喰わしてくれただろ、あの赤ーい。」
「瓜ならば市場に行けば幾らでもあるじゃないか。」
「あ…や、その…あの瓜って高いの?この辺りで見掛けなくてさ。」

 出所が判っている荀奉倩に対し、陳玄伯は何も知らないらしい。 父に似て生真面目な彼は、気楽にたかったことを本気で深刻に反省し始めていた。


「いや、ここには父の代から贔屓にしている西域の商人が出入りしているんだ。 普段は香とか日用品を購うんだけど、夏は瓜も商っていてね、それが去年玄ちゃんが食べたものだよ。」
「おうよ、あの爺さんこの間来てたじゃないか。」
「どうも、今年は作柄が遅かったらしくて。明後日くらいにまた来るんじゃないかな?その時には持って来れそうと…。」
「ちちうえ!」
「おー、ちぃ、元気だなあ。」

 ぺたぺたと裸足で室にはいってきたのは、荀景倩の長女で将来の陳玄伯の妻である。

「ちぃ、また大きくなったな。叔父さんが抱っこしてやろうか?」
「奉おじさま、だめです。ちぃは玄伯さまのおよめさんになるから、はしたないことはしないんです!」
「……玄ちゃん、ちぃに手ぇ出すのはまだ犯罪だからな。」
「出してないわ!」

 真っ赤になって反論する陳玄伯が程よく荀奉倩に遊ばれている間に、娘はちょんと父である荀景倩の膝に陣取ると、目を輝かせて言った。

「あのね、李おじいちゃんがきてるの!」

 心なしか涎も垂らさんばかりである。自分の幼い娘にしてこれか、と荀景倩は暑さのためとは違う眩暈に襲われた。 娘も幼いなりに「李おじいさん」が何を持ってきたのか察しているらしい。

「わかった、わかりましたから少し待っていなさい。」





 よく冷えた瓜は、しばし渇きを忘れさせてくれる。その甘露を、年齢に相応しい健啖ぶりで、三人は次々と平らげていった。
 その横で負けじと瓜に喰らい付く小さな女の子の必死の形相には、さすがに父親である荀景倩が眉を顰めたが、 「無礼講、無礼講。」と言う荀奉倩の口車と、慌てて布でその口と顔を拭いてやる陳玄伯に免じて、落雷は避けたようである。


「さてと、大分日も翳って来たし、そろそろお暇しようかね。」

 ひとつ伸びをして荀奉倩が立ち上がると、陳玄伯もそれでは、と腰を上げた。 すると荀景倩が二人をちょっと引き止めて、隣室へと誘った。

「………ごめん、景ちゃん、何コレ?」

 二人の目の前には、一つずつ、なみなみと水が注がれた樽があった。中には先程食した瓜が一つずつ入っている。

「うん、ほら、去年初めて食べた時、二人とも美味しい美味しいって言ってくれただろう。 だから今年は多めに持って来てほしいって李さんにお願いしていたんだ。 折角だし、長文先生と姉上、それに曹夫人にもお裾分けしようと思って。重いと思うけど、持って帰ってくれるかな。」
「…あのさ、もう少し小さい桶とかの方が良くないか、持ち運びの利便性としても。」
「なんで?水が温くなってしまうよ。そうしたらあんなに冷えた瓜を食べてもらえないじゃないか。」

 本気で不思議そうな表情をするのだから堪らない。
 こんな世間知らずに育てた長文先生に文句を言うべきか、いや、隣にいる玄伯はまっとうに育っているしな…。
 必死で反論を考えている荀奉倩だったが。

「じゃあ、宜しく伝えておいてね。」

 と言う満面の笑顔の兄には弱い訳で。隣で陳玄伯は最早何か悟りの境地にいるらしく、どっこらしょ、と樽を担ごうとしていた。


 その後数日、腰痛で荀奉倩が寝込んだことは言うまでもない。

 今回の勝者、荀景倩。












 いえ、ただ三人の日常をだらだらと書いたらこうなりまして。書き易いですこの三人…。 口は弟の方が達者ですが、笑顔は兄の方が強いということで。(二人合わせれば荀令君が出来上がる、と。怖。) 交友関係見直した方がいいよ玄ちゃん、と思わず肩を叩きそうになりますが、本人はコレはこれで結構幸せなようなので無問題。(06.08.24)