えたいす。




 彼は何を欲したか。







 有徳の者が、朕に不徳なりと書き寄越す。

 江南の地を平らげ、天下を統一せよと。かの始皇帝のごとき暴君たれと謂うのではあるまいな。



 三つの王朝が入れ替わり、時は蘭熟した。千々に乱れた大地はやがて三国の煽称者らの元へと集斂し、天命を得た王朝によって糾える縄のように一つへと束ねられようとしていた。



 大河の流れに逆らえぬか細き縄ひとつ。





 この執念は有徳の人間のものではない。

 贖罪か、一兵卒の手にかかって命を失った賢しき公の。
 それとも我が弟であり、己の血族である、正当なる後継者を越える方法はこれしかないと。朕が市井の、いや、朝歌のさえずりを知らぬ筈がなかろう。

 綿密過ぎる計画は、彼が病ゆえに見せている謙譲さえ欺瞞だと疑わせる。総司令官に己を擬し、幾度戦略を練り直したのか、その跡形も擦れ過ぎて判然とはしない。



 統一を。

 ……華の中心足るべき地に、遠く失われた平穏を。






 誰の為の望みだったのか知る者は亡い。
 自らの望みとするには、皇帝すら平安な世を統べる術を知らなかった。

 堯舜の世を再び。

 そして、更に皇帝の座は氷室のように凍えていく。弧高にそびえ、求める温もりは尚も遠く、傅かれ顔を見る者もない。



 孤独とはこういうものか。
 徳とは冷たきものか。
 朕は人為らざる、しかし天帝の子にも有らざる。何者か?



 問いに応える者も傍らにはなく、ただ柔肌の温もりに皇帝は溺れていった。











 武帝のおはなし。目的の喪失によって統一後政務から遠ざかったというより、統一というものを知らなかったとまどいと重圧が政務から遠ざけた理由かな、とか。(08.01.02)