りにかえる。




 薤上露 ――薤の上の露は
 何易晞 ――何ぞ晞き易きや




 愚直な魂に幸あれ。
 波乱の魄に一時の安らぎを。




 露晞明朝更復落 ――露は晞くも明朝は更に復た
 人死一去何時帰 ――人の死にて一度去れば何時帰らん




 棺を引く白装束の集団から僅かに外れて、姜伯約は歩みながら挽歌を繰り返し唱和する。
 切々と露に重ねた生の儚さを唱い、自らの喪服へと染み込ませる。

 ―――何を?

 誰が為の哭声と問われるならば、狄道に埋めてきた数多の卒と将が為、と応えるしかない。それ以外に祈ることも悲しむことも許されない。
 自身の積み重ねてきた屍は、更にその重みを増すことはあっても減殺することはない。まして、消えることなど。
 此度の出征はそれなりの錦を飾り、僅時、眩惑された目は怨嗟の声を静めた。しかし、幾度もはかばかしい戦果を獲ることもなく、尚も出征を重ねようとするこの身に、降り積もる尸の胸中に何がよぎるのか。



 柩の主たる尸は、何を。








『まだ成算はあるのですな。』

 統治民に慕われながらも戦塵を忘却できなかった、それは哀れむべきなのだろう。

『まだ遥かな中原の鹿は実像を保っているのですな。』



 純真なまでに国是を信じ、遺体を回収できない程の乱戦で壮烈な死を遂げたであろう彼の将を、自分は利用しようとしているのだろうか。
 幾多の冷たい視線は、姜伯約にとって空気となって久しい。とげを含ませ皮を破ろうとしたところで無駄な努力でしかない。

 しかし。



『貴公が居れば。それで、』



 彼は自分に答えさせなかった。

 彼は最期に真摯さをかなぐり捨てた。虚構を信じようとしたかのように。
 病み引き摺った足を忘れたような顔をして。

 そしてこの喪列も虚構なのだ。あの柩の内側には髪一本入っていない。
 肉体がないというのに、三日三晩、魄を呼び返し、今唱いながら大通りを歩く己らの白い姿はあまりに滑稽だった。




 蒿里誰家地 ――蒿里は誰が家地ぞ
 聚斂魂魄無賢愚 ――魂魄をあつめて賢愚無し





 笑わば笑え。




 鬼伯何一相催促 ――鬼伯はひとえに何ぞ相、促すや
 人命不得少躊躇 ――ひとの命は少しも躊躇うを得ず




 それでも、姜伯約は泪を流して哭き、唱い続けた。
 弔いの詩を。心から。








 鬼哭は生者に届かず、生者の泪は魄を伝うことなく渇れ果てる。
 声を嗄らして涕泣したところで、冥より還るには程遠い律にしかならぬのだ。










 小話の中で使用した『薤露歌』と『蒿里行』は葬儀の時に棺を引きながら歌う歌だそうです。
 張伯岐はかなり辛辣なものの見方をするイメージがあるのですが、北伐に対する甘さ…のようなものはどこから来るものだったのでしょうか。(08.02.11)